さやさやの為替地図

頑張れば頑張るほどはまるFX沼からの脱出の物語

お仕事のこと

サラリーマンに憧れるおじさん、さやさやです。

 

子供の頃より人に指示されるのが大嫌いで、大人になったら社長になると決めていました。

社長になったら株を沢山取得して、50歳くらいまでには社長を引退すると高校生の頃には少し具体的に自分の人生をイメージしていました。

離婚や再婚は予定外でしたが、概ね予定通りに進んでくれたので、FXで大失敗しなければあと10年以内には引退できるのでは無いのかなと思っています。

引退した後のことは決めていなかったので今考えています。

大学を出て数年企業に勤めながら自分の会社を立ち上げました。当時はとある企業の営業部の名刺と自分の会社の代表取締役社長の名刺を持ち歩いていました。

起業をしてある程度軌道に乗って来たので勤めていた会社を辞めて自分の会社に専念しました。

当時最初の奥さんとすでに結婚していて子供もいました。奥さんのご両親の土地に奥さんの親戚の建築屋さんに建ててもらった家に住んでいたので家賃はほぼ無料でした。

 

ボクの独立に関して、

・奥さんのご両親が反対

・奥さんも反対

と言う状況でした。

それでも容赦なく「人の人生に口出しするな」くらいの強気な感じで独立を強行しました。

これが良いのか悪いのかは分りません。後にこの時のボクの態度が離婚の一因になったのは間違いないですが、もし独立するなら離婚してと言われたら迷わず離婚していたと思います。誰が反対しても予定通りに進めると子供の頃から決めていたのでこればかりはしょうがないです。

 

独立して順調に売り上げが増えていくと仲間が増えてきました。3年目くらいだったか、ボクを含め取締役が3名と従業員が10名くらいになった頃でしょうか、仕事のスピード感が著しく損なわれているように感じました。原因は非常に簡単で企業からの仲間の副社長がボクの邪魔をしていました。

副社長の行動は徐々に顕著になってきて、最初のうちはボクの指示で動いているスタッフの邪魔をする程度から、方針を決める会議でボクの意見全部に反対するようになりました。

面白い物で人は集まると必ず派閥を作りますね。

ボクの経験上なんですが、楽な仕事をしている職場では職場内でいくつかの派閥に分かれて小競り合いをする傾向が強く、ハードな仕事をしている職場では職場内でひとつの派閥を作り他の職場と小競り合いをします。

副社長は取締役としての仕事が楽だったので派閥を作って遊びたくなってしまったのでしょうね。

上手く回っているボクの作った仕事を全て壊そうとして、ボクの意見には全て反対、ボクに否定的なイメージを持っているスタッフを優遇して、副社長派みたいなのを作ろうとしていました。

副社長はボクより5歳くらい年上の女性で、向上心を失っていました。日々レベルアップしていく他の仲間達に取り残されつつあるような印象がありました。

 

ボクはこの人と一緒に仕事は出来ないと判断して、ボクやめるから副社長が社長やればと提案しました。

すると「無責任すぎですね」みたいなことを言われたので「あぁ面倒くせぇ」と思い解任してやめてもらいました。この際に副社長派っぽい人も全員やめてもらいました。

ツイッターでのいい人イメージを大事にしたいのですが、仕事は遊びじゃ無いし真面目にやっている人が損をするような会社じゃない方がマシなので一切の感情を挟まずに行動しました。

こうなりますと、社長は反対意見を言う人には容赦ないと言うことになって今度はイエスマンだけが残りました。しばらくは順調だったのですが売り上げが徐々に上がるにつれて忙しくてボク死ぬかもって言う状態になりました。

いわゆる指示待ちイエスマンしかいないのでボクがいないと何も進まないのですが、規模的にボクが頑張ってもどうにもならなくなりつつある状況でしたのでボクの代わりに仕切れる人を育てる方向にシフトしました。

これが正解だったみたいで、今のように日中からチャートに張り付く余裕が出来たんだと思います。

まずは若い男性を何人か育ててみようと思ったのですが3人連続で失敗しました。ボクの教える能力に問題が多々あったのだと思うのですが、一人目はひとつのことに集中したいタイプで仕事全体を見て指示を出すのに向いていませんでした。二人目は器用な怠け者で一生懸命にやるという意識が欠けていました。3人目はさよならした副社長の再来のような方で向上心が欠如していました。

男がダメなので今度は女性でと考え、運動部のキャプテンをやっていたというキリッとした20代の女性を選んだのですが、ある意味ボクに近いSNS中毒というか、仕事ではテキパキやるのですが気に入らないことがあるとSNSに書いてしまいそれが他のスタッフに見つかってしまいなんとも恥ずかしい事に。

「うちの気持ちも知らないで○○(スタッフ実名)まじちね」みたいな感じでした。

ツイッターで身分隠してやんなよとアドバイスしておきました(*´ω`*)

5人目にまた20代の女性で、やたら素直で、やたら腰が低いのですが、なんだか皮肉っぽい感じのSさんを選びました。

Sさんは順調に仕事を覚えてくれて、徐々にボクはチャートに張り付くようになってきました。

Sさんは結婚出産で休みに入るのでマナー講師をしていた背の高い女性にSさんの仕事を引き継いでもらいました。この背の高い女性が今では怖いお姉さんというボクの相棒的な存在になっています。

この間15年くらいかかっているのですが、最初の10年くらいは副社長を辞めさせた以外殆ど記憶に無くて、次に記憶に残っているのは離婚のゴタゴタです(*´ω`*)

離婚して一人暮らしになってツイッターを今のアカウントで始めて、再婚して今に至るという最近の記憶は残っているので、当時はよっぽど必死だったのかも。

 

またいつか記憶が失われたときに読み返せるように自分のために書き残しておきます。

(*´ω`*)おつ~